色々中途半端なアラツーサラリーマンが少しずつ人生をやり直していくブログ

ホワイト企業に入社したが、つまらなすぎて焦っている痛くて青臭いアラツーサラリーマン

新しい環境に行きたいのに自信がないから断念してしまう悪癖

新しい会社へ行こうとして書類が通っても、落ちたことにホッとする自分がいる。なぜだ。こんなことがここ最近続いていた。

 

多分、普段の仕事の全力度が足りないからだ。普段のことをやれていれば、今度のことも自信がつく。

 

知識、もその要因の1つだ。ITのことしかやってない人間が不動産の専門家にいきなりなろうとしたとき、勉強は必須である。

 

今の環境は嫌だ。でも新しいことは…何ならハマれて自信が持てるか

高校の友人と会ったんだが

その友人はハウスメーカーの営業をやっている。

 

勤めている会社の売上ランキングで常に上位らしく、「やりがいがすごいある!」とか「稼げるしすごい良いよ!」とか言っていた。

 

最初はほぇーそうなんや〜くらいに聞いていた。彼女は突然電話が会社の同僚からかかってきた。住宅の引き渡しについて質問がきていた。すると彼女は建築学科卒の私もわからない専門用語でスラスラと質問に答えていた。

 

彼女がなぜこんなにも充実した様子かと疑問に思った。

 

「知識」の使い方が素晴らしい。

 

知識を高めるために知識をつけるのではなく、仕事で結果を出すために知識をつけている。

 

仕事の職種によりけりであるが、納期に間に合わせることが自分のやりがいだったり、数字を得るためだったり研究だったり、知見を持とうとする理由は様々である。

 

ただ、最悪なのが勉強することが目的になる仕事である

 

それに今自分は直面していないか?

完全なる労働者

タイトル通りの人種に当てはまると思うのは

 

建築、土木労働者が最も当てはまると思う。なぜか?

 

・商品をブラッシュアップできない

・客を選べない

・団体の一部

 

順に見ていこう

 

【商品をブラッシュアップできない】

これは設計段階、企画段階には何ら携わらない、ということだ。であれば、いかに作り手の生産性があがろうとも無駄なゴミが生産される可能性がある。

 

【客をえらべない】

顧客が何を求めているか?これに対しての解はおおければ多いほどいい。建築、土木業は顧客に対して出した商人が良いとも限らない。不動産主がこんなビルを建てて、とかこんな内装にして、とかいっても売り上げに繋がらないことは多々ある。がゆえに、「でっかい建築物が建ったこと」が作った側で正当化される。(ゴミだったりもする)

 

【団体の一部】

これは差別化がはかりづらいということだ。何をやっても同じ成果、同じアウトプットであれば特徴や特性は出づらい。

 

就職して自分を追い込むべきか?という問いにおいては完全なる労働者環境においてガチガチに追い込む理由はないと思う。

 

もちろん、営業マンだったり、コンペがある業界は追い込んだだけ成果になると思う。

 

つまり、自分を追い込みたい人は追い込んでその成果がある業界に行くべきだということ。そこそこで働きたいのに成果を求めるとマジで不幸になるし、逆も然り。

 

 

8/16

僕は昔から映画が好きだ。

アニメや漫画も好きだし、スクリーンに映っている俳優さんの真似とかは小さい頃からしていた。

 

しかし…だ。

 

映画というものの影響力を考えてみた。

もちろん、感動したり、笑ったり考えさせられたり、勉強になったりする。

しかし、映画を観た後急激な変化ってあるのか?

 

もちろん人間が変わるには本人の意思が必要であるから、じゃあ変化ってなんだよって話ではあるが…

 

人間がビフォーアフターで変化するには

・環境

・動機

が必要だと思っている。

 

その最たる例がSASUKEである。

SASUKEは放送当初は賞金目当てだった。しかし、特徴的なキャラクターが多く排出され、テレビに出ることで有名になることを目指す者も増えた。

 

そして、現在は挑戦したり、仲間と練習の時間を楽しんだりとコミュニティができている。

書評メモ 植松努さん「空想教室」

 

・夢=まだできていないこと

→理系の研究者の方に多い印象。すでにある職業でも夢と言っても全然いいのでは?と思った。

 

・自分ができないままだといつまでもお金を払うことになる

→確かに。しかも、できることが増えればそれが職業になるかもしれない。できない人が多いことを自分ができれば貴重である。これが植松さんの言うまだ誰もやったことのないことへ挑戦する意味なのかもしれない。

 

・ちょっと変わった子供だった

→当時から好奇心旺盛で、自分が気になるものは本屋に行き、作るを繰り返したそうだ。子供の時点では教科書を読むとかテレビを見るくらいしか情報源がない子がほとんどではないか。であれば大半の子はワクワクしないし、自分が気になったものを探そうともしないよなぁ。

 

そういう意味で、YouTuberのやってみた動画ってめちゃめちゃ好奇心を高めてくれるし、実際に手を動かすという行為に繋がるだろう。と思った。

 

・本を読む意味は昔の人達の努力の階段を登ること

→めちゃめちゃ腑に落ちた。本を読まなくていいという人ほど新しいことをできない人が多い気がする。なぜならば、彼らは真似型だから。特に営業マンに多い。言語能力には乏しいが空間認知能力が高いために売れている人のコピーは得意。新しいことを作る人はそれではダメなのだ。

 

 

 

・自分の人生の価値は人生を通して経験したことで決まる

 

・嫌な思いをしてるのは自分だけではない。それを救うための発明をする

→植松さんは会社のマグネットを発明した動機は(危ないから人が鉄くず仕分けないほうがいいんじゃね?)らしい。

嫌なことはチャンスで、ビジネスチャンスにもなる。だったらこうしようと常に考えること。

 

・売れそうだなと思えるものは二番煎じ

。すでに誰かが出してるものだから。

→丸パクリはアレだけど、改良した例は結構あるかな

 

 

・お金で買うものは趣味じゃなくてサービス。作ることこそが趣味

→グサッ。たいていの人は俺の趣味ってなんだろ?って思う理由かも。そして、なんとなく料理が趣味な人は趣味っぽい笑

そしてこの後に

・ほとんどの日本人は趣味は「買うしかない」「してもらうしかない」

と書かれている。確かに。そうかもしれない。サービスはサービス。趣味は趣味。

 

俺はSASUKEという番組が好きで、素晴らしいスポーツ、趣味だと思っている。なぜなら

個人競技

・勝ち負けがない

・練習を仲間とできる

・有名選手はトレーナーとして起業してる笑

・世界規模

 

↑の書いてあることを満たしている。作っているかどうかは微妙としてもスキルアップ行為は間違いない。

 

 

 

 

 

大学の友達とそんなに会いたくないと思った

お盆休みということで、久しぶりに友達と再会した。

 

建築学科卒だから大体みんな建築関係

の仕事をしている。来れたのはたったの4人で、俺以外は

・公務員

スーパーゼネコン

ディベロッパ

で、そこそこハイスペの集まりである。

 

しかし、みんななんというか、俺も含めてしがないサラリーマンだった。しがないサラリーマンの会話だった。

 

この4人の集まりの数日前、別の大学の友達と再会していた。これは2人だった。そいつには色々と世話になったし、当時付き合った彼女も紹介してもらった。

 

こいつは建築学科を卒業してから院浪人を経てとある大学院の脳科学の研究室に入った。

マンガを描いていたり、脳科学の話や人間のあり方を語れるやつで非常に面白く、それでいて非常に素直なのがいい。

就職もゲーム業界最大手のところに決まった。

 

 

数人で飲んでたわいもないことを話すと、いつも「なんでこんなことに時間を使ったんだろう」と最近思うようになった。

 

この飲み会で今度結婚する奴がいるが、その話を↑のやつに話したらしい。そこで就職の話をされたと言っていた。結婚する奴はひがんでいるようにしか見えない。言動と行動がいつも一致していない。例えば

 

・「結婚は墓場だぞ!」と言いつつ「悪くもないぞ…」と言う

 

・基本的に上から「お前らが成長して嬉しい」と言う。

 

・「俺は〇〇で悩んでる」と言ってらからこちらから助言すると「でもねぇ…そこまでじゃない」とか強がる。

 

この結婚する奴は29になるが、もうやり直せないという諦めなのか、なんなのか非常に愚かに見えた。

 

学生時代から人当たりは良くて、友達から愛されるタイプだったけど、深く付き合うとこういう感じなんだなぁと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抽象語を使うなら、具体的事例のイメージがないと

抽象語はいつの時代も「それっぽいこと」として使えてしまう。

 

野球の指導をするにしても

・もっと頑張らないと

と言うのと

・バットコントロールを良くするために〇〇の練習をこれだけやらないと

という指導ではまるで異なる。

 

また、自己啓発本なんかも大抵は抽象語を使ってる。抽象語を使い、誰にでも当てはまる言葉を使い、読み手をやる気にはさせるものの、その具体的イメージは読み手側が抱けないと意味がない。なんとなく、それっぽいやる気になるのだ。

 

少し話が脱線するが、知識の勉強をする際にも、専門知識(具体的な言葉)を勉強せず、抽象語(あり方など)

を勉強し過ぎてしまう人が実は多い(私もその1人だ)。例えば、人間の意識やあり方について勉強するために、「人間とは何か?」という本を読んでしまったり。

建築家になるために建築物の勉強をせずに建築とは何か?という勉強しかしなかったり。

 

本来は専門知識⇄あり方の行き来をすべきである